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「練習しない」アスリート
成長し続ける50の思考法

「練習しない」アスリート
著者
出版社 竹書房
出版年月 2020年6月
価格 1,700円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2020年11月
★★☆☆☆

 2017年のロンドン世界選手権・男子400mリレーは、様々な意味で衝撃的だった。
 当大会が現役ラストランと宣言していたウサイン・ボルトが、アンカーとしてバトンを受け取ってまもなく苦痛に顔をゆがめ、5連覇を狙っていたジャマイカがまさかの悲劇に涙した一方で、アメリカとの大接戦を制したイギリスがトップでフィニッシュし、地元ファンがスタジアムで歓喜したこのシーンは、間違いなく当大会を象徴するハイライトだった。
 実は、このレースで感じた衝撃はそれだけではない。
 メダル争いが期待されていた日本は、予選でアンカーを務めたケンブリッジ飛鳥を、決勝メンバーから外していた。
 ケンブリッジ抜きで大丈夫か、と日本のファンは不安に感じたはずだが、突然の代役にも動じず、ボルトが失速する間隙を縫って、見事な3位でフィニッシュラインを駆け抜けたあのランナーこそ、本書の著者である藤光謙司だ。

 バトンパス技術を磨き続けた日本式の練習が結果につながり、列島を熱狂させた圧巻のレースだったが、そんなスター選手が「練習しない」とはどういうことなのだろう?
 本書によると、著者は2018年より個人事務所を設立し、現役アスリートであると同時に、経営者としての顔も持っているという。
 日本では、アスリートは競技に専念すべきとの考えが多く、このような兼業は否定的に捉えられがちだ。
 だが、選手活動だけでは、長い人生でリスクが大きいのではないかと考えた著者は、海外での事例も参考にしながら、デュアルキャリアを志向し、アスリートとしての経験を生かした活動を並行して行っているそうだ。
 それだけに、効率的なトレーニングを追求し、事務所経営の時間を捻出させようとする考えが、本書から伝わってくる。

 なるほど、本書のタイトルにつながる背景が理解できてきたが、「練習しない」に込められた意味は、それだけではなさそうだ。
 たとえば著者は、ハードトレーニングだけを志向するのではなく、より考えるトレーニングを読者に推奨する。
 身体も「消耗品」であり、がむしゃらなトレーニングだけでは競技人生を短縮させてしまう。
 小さくても少しずつハードルを越えていくことで自己肯定感を高められる、というのが著者の哲学だ。
 たしかに、過酷な練習を課し続けた末に、一時は心身ともに疲弊しきってしまった末續慎吾の著書(自由。 )を読んだ後だけに、著者のバランス感覚にはうなずかされる。

 では、経営者としての彼は一体どのような活動を行っているのだろうか?
 現役トップアスリートでもあり経営者、というのが著者のユニークな生き方であり、だからこそ私が本書で期待した点は、どのような経営哲学で、どのような活動を行っているのか、だったのだが、本書を読む限りでは、肝心のそれらが判然としない。
 社会の問題をあぶり出して改善する(P97)、僕は何かしらの形で「五輪を超える」というビジョンを持って様々な活動をおこなっています(P118)と語るものの、はて具体的にどのような活動なのだろうか、が全く見えないのだ。
 また、区切りよく50本に章立てしているものの、文字数は各々バラバラで、テーマも統一感がなく、単行本に仕上げるために、無理やり構成した印象がある。
 さらに、それだけでは尺が稼げないからなのか、写真付きの補強トレーニングや、スポーツ新聞に掲載された過去のコラム8本までも、「50の思考法」にカウントしてしまうお手軽な作りで、これでは経営者としての才覚が疑われかねず、しかもかように薄っぺらい内容でこの価格帯は、違った意味で衝撃的だ。

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