トップページへ戻る全作品リストへ戻る人物伝作品リストへ戻る

自由。
世界一過酷な競争の果てにたどり着いた哲学

自由。
著者
出版社 ダイヤモンド社
出版年月 2020年10月
価格 1,400円
入手場所 楽天ブックス
書評掲載 2020年11月
★★★☆☆

 ここ数年、100mで9秒台を記録する選手が現れはじめ、活気づく男子スプリント界ではあるが、かつては、ショートスプリントの世界で日本人がメダルを獲得するなど、夢物語であると思われていた。
 だからこそ、2003年パリ世界選手権において、末續慎吾が成し遂げた200m銅メダル獲得は、快挙だった。
 100mで日本人初の9秒台を記録するのは末續だろう、と誰もが期待していたのだが、彼は2008年北京オリンピックでの4x100mリレー出場を最後に、表舞台から退いた。

 末續はどうしてしまったのだろう?
 陸上競技ファンであれば誰もがその動向に注目していたが、その頃の彼は、心身ともにボロボロになっていたという。
 勝ち続けること、記録を出し続けることという「目標」はある。だけど、一方でその目標に終わりはない。どこかに着地点がなければ、自分自身も満足することがないし、僕を見ている周りの人も満足することがない・・・。にもかかわらず、僕は、その満足しようのない世界で満足できる結果を求めて走り続けた。当時、僕も周囲も偏った価値観に心酔していたと思う(P21)と当時を振り返り、頂点を極めることを追い求めるがゆえに、人間らしい価値観を失っていたことを、本書で吐露している。

 彼が、限界を超えたトレーニングを行うアスリート、であることは有名だった。
 大阪世界選手権や北京オリンピックでの4継をテーマにした佐藤多佳子著「夏から夏へによると、「練習で本数をどれだけ走るというより、その中で自分を追い込めるか追い込めないかなんですよ。たくさん走っても追い込めない人もいるんです。自分の中で境界線を引いちゃて、無意識にここまでって。末續さんって、そういうのがないので、“死ねる”んですけれども」(同作P165)と、高平慎士のコメントを紹介し、その常人離れした精神力を讃えている。
 一方で、「常人」の佐藤から見ると、それにしても、末續慎吾というのは、稀有なアスリートだと私は思った。(中略)繊細で鋭く多くを知る力のある心だ。より多く知れる人は、より多く喜び、より多く傷つく。どれほど強い心があれば、そんなふうに戦えるのだろうか。修復不能なほどボロボロになってはしまわないのだろうか。彼は ― 大丈夫なのだろうか?(同作P196)と素直な感想を残していた。

 はたして、佐藤の懸念は現実になってしまった。
 本書によると、2008年秋、心身ともにボロボロになって走れなくなってしまった僕は、地元の熊本に帰った。まずは「日常」を取り戻さなければならなかった。
 人間って、本当に身体がオーバーヒートすると、目・耳・鼻・口などの感覚器官のブレーカーが落ちるんだ。生命を維持する機能以外は、極力エネルギーを使わないような状態になる。だから最初は「光」に慣れることから始めた
(P49)というありさまで、精神的にも病み、言葉すら出てこない時期もあったという。
 そんな廃人のような末續が、ふとしたことから「かけっこが好き」であることを自覚し、徐々に生きる希望を見出していく。
 「勝つこと」や「記録を出すこと」にこそ、走る意味を見出していた彼が、純粋に走ることを楽しみ、これまでとは別の角度から競技を追求しはじめ、3年前(2017年)にはなんと日本選手権にも出場した。

 そういえば、数年前にNHK BSの「アスリートの魂(2018/9/15放送)」で、彼を取り上げた番組があったことを思い出した。
 当時は、なぜ今ごろになって「終わったアスリート」を取り上げるのだろうかと感じていたが、サーフィンや格闘技が安定した動作に生かせないか? 伝統的な正座や忍者の動作がスタートに生かせないか? など、40歳を前にしながら真剣に新たなトレーニング方法を模索する姿が、同世代の私にはとても刺激的だった。
 もっと末續慎吾の「いま」を知りたい。
 そう思っていただけに、本書は前述のドキュメンタリーを補完するグッドタイミングのエッセイだった。
 本気で挑戦した者にしか見えない世界を知り、どん底を乗り越えた者にしか分からない生きる意味を知る著者の言葉は、野獣のように荒々しかったかつてのイメージとは異なり、まるで悟りを開いた哲学者のようだ。

トップページへ戻る全作品リストへ戻る人物伝作品リストへ戻る