トップページへ戻る全作品リストへ戻る小説作品リストへ戻る

東京ランナーズ

東京ランナーズ
著者
出版社 角川書店
出版年月 2018年2月
価格 1,500円
入手場所 市立図書館
書評掲載 2020年11月
★★★☆☆

 コロナ禍で様々なスポーツイベントが開催を見送られている。
 参加型スポーツの代表格でもあるマラソン大会も例外ではなく、日本最大級の都市型市民マラソンの東京マラソンも、今年は一部のトップアスリートのみによる、大幅な規模縮小を余儀なくされた。
 とは言っても、屋外で行うランニングは感染リスクが比較的少なく、周囲を見渡せば、むしろランナーの数は増えている気がする。
 とりわけ、在宅勤務や自粛生活の影響で、体重計の目盛りが気になり始めた中高年の姿を目にする機会が増えているようだ。

 本書の舞台は、ウィズコロナ時代を迎える前とはいえ、会社が存続の危機にあえぐ崖っぷちサラリーマン、SNSでリア充アピールに余念がない「盛り癖」男子、定年を迎えて生きがいを見つけられないでいる元大手企業の管理職など、ランニングとは接点がなさそうな人物ばかりだ。
 働く業種も場所も、そして生活環境も異なる3人は、ひとりの女性インストラクターに出会ったことで、徐々にランニングの世界で重なり合っていく。

 倉原明日美は、かつて大学や実業団で活躍し、将来を嘱望されたアスリートだったが、練習のしすぎによる故障を契機に引退し、いまはスポーツクラブのインストラクターを務めていた。
 引退したとはいえ、時折走るその姿は颯爽とし、風が吹き抜けるようなスピードだ。
 軽やかに走る姿を偶然目にした太田正樹は、つい先日まで一流経済誌の編集長候補と目され、多忙な毎日を送っていたが、販売部数の減少が続く同社からタウン誌への出向を余儀なくされ、時間を持て余していた。
 もしかしたら今朝見たランナーたちはこのスポーツクラブの会員だろうか。だとすると会員になって練習を積めば、あのランナーたちのように走れるようになるのだろうか(P27)と、自分が軽やかに疾駆する姿を思い浮かべ、入会することを決意する。
 ランニングの魅力に引き込まれる太田は、タウン誌の目玉記事として、倉原をコーチにするランニングクリニックを企画し、20km走の挑戦会では、地道なトレーニングが実を結び、完走できた。
 自分を信じて走り続ければ最後まで走り抜けるはずだ(P175)とマラソン完走に自信を得ていく。

 一方、SNSで背伸びした投稿を続けてきた山瀬健は、走ったこともないハーフマラソンの記録を吹聴し、会社の全面的なバックアップをもらってしまい、後に引けない状況に陥っていた。
 もちろん、20km走挑戦会では散々な結果だった。
 それはあたかも、日ごろから自分を「現実以上」に美しく装ってきた山瀬に突き付けた「現実」そのものであり、経験したことのない敗北感でもあった。
 楽しいことがあると吹聴したくなるんだ。それほど楽しくはないことでも、吹聴したくなる部分だけ取り出して、虫眼鏡で拡大するみたいに盛って書いてやりたくなるんだよ(中略)リア充だと吹聴して、ああ、あいつはリア充なんだなと思ってもらえると、自分でも本当にそう思えてくるんだよ(P181)と振り返り、ごまかしが効かないランニングにまっすぐ向き合おうとしていく。
 著者はかつて大手経済誌編集長を務めていただけあって、サラリーマンのストレスや悲哀を上手に表現し、読者の心理をえぐってくる。
 それと同時に、東京マラソンという舞台が彼らにとって様々な意味を持っていることも知っている。
 ランナーの数だけゴールがある、と言わんばかりのストーリーは、フルマラソンを何度も経験したことがある著者ならではのエールなのだろう。

トップページへ戻る全作品リストへ戻る小説作品リストへ戻る