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孤高のランナー
−円谷幸吉物語−

孤高のランナー
著者 青山一郎
出版社 ベースボール・
マガジン社
出版年月 2008年8月
価格 \1,600
入手場所 bk1
書評掲載 2008年9月
★★★★☆

 敗戦からの復活の象徴として語られることの多い東京オリンピック。しかし、高度経済成長に沸く日本にあって、こと陸上競技に関しては、東京大会に先立って行われたローマ大会で、男女とも入賞ゼロという惨憺たる結果に沈んでいた。
 地元でのオリンピックで日の丸を掲げることは、国民全ての希望であり、陸上関係者にとっては悲願であった。
 そんな重圧のなかで、競技最終日のマラソンで見事な銅メダルを獲得し、一躍国民的ヒーローとなったのが、円谷幸吉だ。

 著者は、円谷と公私ともに親交があったという新聞記者で、関係者への取材や史実を通して、貴重な遺品や写真とともに、少年時代からの彼の生涯について詳細に再現している。
 特に、本人やコーチですらマラソンに適性があるとは思ってなかったにも関わらず、織田幹雄(東京オリンピック陸上競技総監督)の英断により、マラソン出場を決意し、オリンピック本番では、なんと2位で競技場に戻ってくるまでの様子は、まるで事前にシナリオができあがっていたかのようにドラマチックだ。

 全300ページの堂々たる単行本だが、次々に記録を塗り替え、成長していく姿が壮快で、オリンピックで快走する様子はもちろん、沿道や競技場での熱狂的な応援が伝わってくるような臨場感で、どんどんと読み進めてしまう。
 しかし、残り50ページぐらいから様子が変わってくる。
 信頼するコーチとの別離、相思相愛だった女性との婚約破談、度重なるケガ、そして手術、・・・。メキシコオリンピックでのメダルを期待される重圧と戦いながら、心身ともにボロボロになっていく様子が悲痛に描かれ、時折ため息をつきながら、ページをめくる手が止まってしまう。
 結末を知っているだけに、残りのページをめくるのが怖くなってしまう。
 そして、これは決してフィクションのドラマではなく、実際にあった悲劇だということに気づき、涙が溢れそうになる。
 弱冠24歳でオリンピックのメダリストとなり、27歳という若さで儚く散った伝説のランナーの壮絶な生きざまは、お国のために命を賭して戦った戦争時代を引きずっているのだろうと思わずにはいられない。
 それでも、鬼のような厳しい合宿を通じ、当時では考えられない練習量をこなしながらマラソンに打ち込む真摯な姿は、この競技の原点でもあり、その後の世代に影響を与えていたことは間違いないだろう。

 惜しむらくは、彼の死後40年という月日を経て出版された書籍なのだから、その後の君原健二の銀メダルや、円谷幸吉記念館の設立など、彼が残した功績について触れてくれれば、読後感も変化していたと思うのだが、ラストが彼の葬儀で締められている点については拍子抜けてしまい、暗い印象だけが残ってしまう。
 彼の後ろ姿を、どれほどのランナーが追いかけてきたのだろう。そんな姿も「後ろを振り向いて」、描いてほしかった。

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