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日本人が五輪100mの決勝に立つ日

日本人が五輪100mの決勝に立つ日
著者 中村宏之
出版社 日本文芸社
出版年月 2011年8月
価格 \743(税別)
入手場所 Amazon.com
書評掲載 2011年11月
★★★★☆

 ここ数年、陸上競技の女子スプリント種目において目にすることが多くなった「北海道ハイテクAC」なる所属名。
 なじみの深い大企業に所属することが多い社会人選手が多数を占めるなかで、この名称はひときわ異彩を放っている。
 しかも、その実力たるや、いまや日本女子スプリント界を牽引する福島千里をはじめ、寺田明日香や北風沙織ら、数々の有力選手が活動している一大勢力になりつつある。
 なぜこのチームから、これほどの有力選手が続々と育っているのだろうか?

 本書を手にした時、まず気になったのは、この「ハイテクAC」なるチーム名だ。
 そもそもこの団体は学校組織なのか? クラブチームなのか? それとも新興のIT企業なのだろうか?
 著者がこのチームで指導するに至った経緯も本書には触れられているが、要約すると、チームの母体となっている専門学校を基本とし、かつ金銭的バックアップを受けているクラブチーム組織といった位置づけになるだろうか。
 少々あいまいではあるが、本書を読んでいると、もはやそんな疑問はどうでもよくなってくる。
 なぜかと言えば、伝統的な枠組みに捉われず、長期的な視野に立って選手を育成することこそが、著者が理想とする育成法だからに他ならない。

 それにしても、北海道という雪国は、常識的にはスプリント系種目のトレーニングには不向きである気がする。
 しかしそんなハンディも、創意工夫したトレーニングでカバーし、時にはボールゲームなどの遊びを取り入れたメニューを加え、心と体を開放させることで、本当に集中すべき時に集中できる精神状態を作り出しているのだろう。
 欠点を探さず、長所を伸ばす。
 否定的な言葉は使わず、小さな声かけを大切にし、褒めて育てる。
 これらは女子長距離界の名伯楽でもある小出義雄が常に口にしている心がけと、驚くほど共通している。

 本書に掲載されていることは、決してスプリント種目に限られたことではない。数々の人心掌握術や、個性を伸ばすトレーニングこそが、著者が指導者として成功している秘訣だろう。
 だが、今でこそ大勢の見学者を集めるユニークな名指導者として知られるようになった陰で、著者自身の選手時代や、若かりし頃の指導で失敗した過去についても述懐している点は興味深い。
 「昔は選手を見ていて「なんでそれができないんだ」と、イライラしたものだが、いまでは待っていることにもストレスは感じないようになった。それが年の功だともいえるのだろう。(P127)」という一言には、ここまでの境地に至るまでにかかった起伏の激しさを物語っているようだ。
 そんな意味では、現在同チームに所属する選手たちの活躍は、著者のコーチング集大成と言っても過言ではないのかもしれない。

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