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カゼヲキル

カゼヲキル
著者
出版社 講談社
出版年月 2007年7月〜
2008年7月
価格 各\1,300(税別)
入手場所 市立図書館
書評掲載 2008年10月
★★★☆☆

 幼いころから野山を駆け巡っていた少女が、天性のバネを見出され、専門的な指導を受けるや否や、みるみるうちに記録を伸ばしてゆき、いつしかオリンピック出場を目指してゆく。
 走ることが好きでしかたない主人公・山根美岬(やまね みさき)は、千葉の片田舎に住む中学2年生。
 おかっぱ頭で小柄な体格。性格はおだやかで優しそうだが、天然ボケが垣間見られる。
 それは、高校時代からその才能が注目され、次々に日本記録を更新し、若くしてオリンピック女子マラソンに出場した著者自身とよく似ている。
 ライバルに対する執念やねたみ、貧血や疲労骨折に悩まされる姿は、かつて著者の伝記的作品を描いたノンフィクション「こんな生き方がしたい−増田明美(歌代幸子著)」にもたびたび登場した姿だ。
 そう、まさにこの作品は、著者の自伝的小説なのだろう。

 女子マラソン草創期を駆け抜けた著者の選手時代には、常軌を逸した非科学的トレーニングや、複雑な人間関係、周囲の過剰な期待に押しつぶされそうになる心理的苦痛など、様々な苦労を重ねてきたようだが、本書ではそんな深刻な悩みも、主人公の明るい性格や周囲のサポートで乗り越えてゆく。
 まるで、著者自身が選手時代に抱えていた悩みを、小説の登場人物を通して、「そんなの大したことじゃないよ!」と励ましているようにも見える。
 また、高校入学以来、親元を離れて生活する寂しさ、同僚や指導者との微妙な人間関係や、合宿や競技会場で感じる、ちょっぴりお祭りのような、ちょっぴり緊迫した空気などは、競技経験者ならではのリアリティをもって描かれている。

 ただ、小説の完成度としては、ここぞという大会があっさりしすぎていたり、不必要な脇役が多いように感じるなど、やや練り込みが足りない印象がある。たとえば、中学時代に好意を寄せていた先輩や、生意気な後輩らが瞬間的に登場していたが、その後の展開に全く影響を及ぼさない捨て役になっているのが残念。
 しかし逆に言えば、それゆえにシンプルなストーリーで、どんでん返しもなく安心して読める。
 「助走」「激走」「疾走」と題された三分冊のボリュームだが、全体的に明るいトーンで、やさしい書き方なので、小・中学生ぐらいの世代にはうってつけかもしれない(漢字の多くにはルビも振られている)。

 それにしても、中盤以降たびたび登場する「解説の牧田明子さん」は「声がよくて」「分かりやすい」、というのはご愛嬌なのだろうが、「昔マラソン界の大スターだった瀬山利雄」が「監督としてはイマイチだった」は冗談に聞こえない・・・。

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