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魂の走り
−鉄紺の誇りを胸に−

魂の走り
著者 石井安里
出版社 埼玉新聞社
出版年月 2009年6月
価格 \900
入手場所 bk1
書評掲載 2009年7月
★★☆☆☆
 優勝候補の駒沢大学、東海大学がシード権を失う波乱の展開を見せた今年(2009年)の箱根駅伝を制したのは、部員の不祥事によって出場すら危ぶまれていた、東洋大学だった。
 なかでも、5区の柏原選手が見せた神がかり的な逆転劇は、いまだに脳裏から離れないほど強く印象に残っている。

 本書の著者は、同大学の卒業生で、1997年から「陸上競技マガジン」の執筆に携わってきた女性ライター。生まれ年から推測すると、大学へ入学したころから同誌の執筆に携わってきたことになる。
 長らく編集者として活躍されただけあって、関係者からの取材や、戦況の状況が浮かぶような文章が、コンパクトにまとめられていてとても読みやすい。
 たとえば、雑誌では紙幅の都合から、サラリと触れられてしまう程度のことでも、本書では同大学ならではのスカウトや、1年間の練習の流れ、そして見事な逆転劇を見せた山対策などが、綿密な取材を通じて多面的に描かれている。したがって、これまでのトラック、ロードでの戦績から見ると、素人眼には偶然の優勝かにも思えていたのだが、本書を読むと、獲るべくして獲った必然の優勝であったように思えてくるのだ。

 その一方で、一陸上競技ファンに過ぎない、私のような第三者から見ると、同大学をここまで強くした功績は、川嶋前監督の活動に負うところが大きいのではないかと思うのだが、残念なことに、本書では同氏を取り上げるどころか、関係者の話題に登場することすらほとんどない。
 これまで、同大会を特集した記事は数多く目にしたけれど、振り返ってみると、そこでもやはり同氏を対象にした記事を目にすることはなかった。読者から見ると、それはまるで、腫れ物に触る扱いをされているかのように思えてしまう
 だが本書は、母校に対して特別の感情があるだろう方が執筆するオリジナルの書籍なのだから、他誌では書けない、「不祥事」に関する顛末や、前監督に対する独占インタビューなどを掲載してくれれば、本書のストーリーもより厚みのある内容に仕上がったと思う。
 誤解を恐れずに言えば、それこそ私が本書に期待したテーマだったのだが、残念ながら、各部員や、佐藤監督代行、そしてOBらの当たり障りのないコメントを掲載するだけでは、大学の広報誌としての価値しか見出すことはできない。

 本書によると、今大会の東洋大学の優勝は、85回の歴史を数える大会の中で、初出場から77年目に成し遂げた快挙であると同時に、史上最も遅くたどりついた栄冠でもあるそうだ。そう聞くと、著者をはじめ、多くの関係者の万感の想いが伝わってくるようだ。
 だからこそ、読んだ後には、素直な感情がこぼれてしまう。優勝に至る最も重要な功労者を外してしまうのは、画竜点睛を欠いていないだろうか、と。

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