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マラソン哲学−日本のレジェンド 12人の提言−

マラソン哲学
著者 構成:
小森貞子
編集:
月刊陸上競技
出版社 講談社
出版年月 2015年2月
価格 \1,600(税別)
入手場所 平安堂書店
書評掲載 2015年2月
★★★★★

 マラソン・ニッポンの輝かしい栄光は過去のものなのだろうか?
 20世紀後半には宗茂が世界歴代2位の大記録を打ち立て、瀬古利彦がボストン、ロンドン、シカゴのメジャーマラソンを制覇し、森下広一がバルセロナでオリンピック銀メダルを獲得した。
 女子マラソンにおいても、有森裕子、高橋尚子、野口みずきらが国際大会で数々の偉業を達成しており、マラソンは日本のお家芸でもあった。
 しかし近年はケニアやエチオピアをはじめとしたアフリカ勢が、これまでの常識を打ち破る猛烈な勢いで世界を席巻し、日本の相対的競争力は落ちていく一方だ。

 折しも、2020年のオリンピック開催地として東京が選ばれ、マラソンの注目度が高まってはいるものの、いまや2時間10分を切っても国際大会では全く通用しないし、男子マラソンの日本記録は10年以上更新されていない。
 マラソンを愛するファンならば、このような状況をやきもきしながら眺めていることだろう。
 本書は、かつて世界を席巻した名ランナーや名指導者へのインタビューをもとに歴史を振り返りつつ構成された「マラソン・ニッポン復権への提言集」であり、2014年に毎月「月刊陸上競技」に連載され、好評を博したシリーズを一冊にまとめた単行本だ。
 その選ばれしレジェンドは、宗茂、宗猛、瀬古利彦、中山竹通、森下広一、藤田敦史、高岡寿成、山下佐知子、有森裕子、高橋尚子、小出義雄、藤田信之の12名。

 この連載は、彼らがいかにして世界レベルの成績を残したかを探り、将来への提言を語ってもらうという趣旨だが、ややもすれば過去の成功事例を紹介するだけの「自慢話」に終始しかねない企画だ。
 それに、活躍した時代や性別も異なり、また個性に溢れる彼らの考え方は一様であるはずがなく、みな勝手なことを言いたい放題なのではないだろうかと思っていたが、意外にも彼らの提言には共通点が多いことに驚かされた。
 彼らが口をそろえるのは、マラソン練習における量の大切さを軽視しがちな風潮と、プロ意識に欠ける現役世代に対する苦言だ。
 瀬古が「練習はプラスアルファが大事(P85)」と気色ばみ、中山が「横を見ていても強くならない。「上を見ろ」と言いたい(P168)」と憤るように、与えられた練習だけで満足してしまっている実業団選手に強い警鐘を鳴らしている。

 その一方で、「食べるものは手に入る。お金も稼げる。これは仕方がないことだ。そう考えると、日本に合う種目は他にあって、マラソンは向かなくなってきている、とも言える(P306)」と小出が嘆くように、マラソンは日本人にとって憧れるべき競技ではなくなっているのだろうか?
 いや、決してそうなってほしくないし、誰もがマラソン・ニッポンの復活を願っているに違いない。
 もちろん、そのヒントも本書には隠されている。
 それは、トラックで求められるスピードとマラソンでの結果は必ずしも対応しないということだ。
 むしろ、「1km3分でずっと行ければ、2時間6分35秒で走れると思っていた(P278)」と高岡が冷静に分析するように、絶対的なスピードではなく、スピードの余裕度(P279)こそ重要だという提言は傾聴に値する。
 現に、トラックの10,000mでは28分20秒前後がベストの藤田敦史が、マラソンでは2時間6分台を出している。
 それは藤田の並はずれた練習量が生んだ快挙であり、その後は故障に悩まされたことから、指導者は量を追う練習に及び腰になるかもしれない。
 だが、野口みずきを育てた藤田信之が語るように、ケガと紙一重のところまで練習しなかったら、メダルなんて狙えない(P332)のも事実だ。
 幸いなことに日本では駅伝人気が高く、マラソン競技の土壌は広がりを見せている。
 だからこそ、横並びの階層から一歩抜きんでた、世界で戦う覚悟をもった選手の登場が待ち遠しい。
 駅伝でチヤホヤされるだけではない真のスター選手を、私たちは渇望しているのだから。

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