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走れ!ニッポン人
−一億三千万総アスリート計画−

走れ!ニッポン人
著者 高野進
出版社 文藝春秋
出版年月 2007年11月
価格 \1,500(税別)
入手場所 市立図書館
書評掲載 2008年9月
★★★★☆

 2003年のパリ世界選手権・男子200mで、末續慎吾の銅メダル。2008年の北京オリンピック・男子4×100mリレーでの銅メダルと、近年の短距離界では日本人選手の活躍が目覚ましいが、つい最近まで、スプリント種目で日本人は通用しないと長い間考えられていた。
 しかし、そんな呪縛を解き放つきっかけとなった選手が、本書の著者でもある高野進だ。

 高野は、1991年の東京世界選手権・男子400mで、同大会の短距離種目では日本人初入賞となる7位。翌年のバルセロナオリンピックでも同種目で8位入賞を果たすなど、戦後日本の短距離界の壁を次々に破ってきた伝説のスプリンター。
 指導者に転じた現在は、母校・東海大学コーチとして同大学をスプリント王国に育てる一方で、日本陸連の強化委員長としての重責も担っている。

 本書は、選手として、指導者として強固なスプリント理論を築いてきた著者が、「走る」ことの本質について熱く説いていて、その分野たるや、人類の起源から始まり、日本人の歴史、人種の違いによる走法論や、人間としてのコミュニケーション論に至るまで、タイトルからおよそ想像できる内容よりも遥かに深い領域にまで踏み込んでいる。
 しかし、決して難しい内容ではなく、具体例を挙げながらとても分かり易く噛み砕かれているし、そもそも「走る」という単純な行為について、これほど深く考えたことがなかったので、「なるほど!」とうなずかされてしまう内容ばかり。
 特に、情報化社会の発達により、「走る」ことを放棄しても生きていくことには不都合を感じなくなってしまった現代人に警鐘を鳴らし、「好奇心」や「感動」を創造していくためにも、歩いたり走ったりすることがどれほど大切なことなのかを理詰めで説いてくれる。
 大学や陸連の仕事で多忙にあるにも関わらず、幅広い世代にランニングの普及を図る会社を起こしたのも、そんな願いの表れなのだろうが、本書を読んでいると、走ることが精神的にも肉体的にも、人間らしい健やかさを取り戻すために絶大な効果があることがわかる。

 陰湿ないじめや殺伐とした人間関係、そして凶悪犯罪が増えている現代社会だが、著者の説くように、より多くの人がランニングに親しんでいけば、そんな暗いニュースももっと減っていくのかもしれない。
 本書の最後で著者は、高齢者が生き生きと活躍し、若者の模範となる社会であってほしいとして、こんな言葉を続けている。
 「人間らしい生き方とは、いくつになっても感動でき、心躍らせることができるような毎日を送ることでしょう。そうやって生きることこそが、次世代を元気づけ、ひいては日本全体を明るくしていくのだと私は思います。

 走ることで社会をも変えていこうとしてしまう広大な信念には、共感を通り過ぎて感服すらしてしまいます。

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