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SHOE DOG

SHOE DOG
著者 著:
訳:大田黒泰之
出版社 東洋経済新報社
出版年月 2017年11月
価格 \1,800(税別)
入手場所 市立図書館
書評掲載 2018年1月
★★★★★

 マラソン・駅伝レースが盛んになる年末年始は、ランニングを愛するファンにとって毎週末が楽しみで仕方ないのだが、今シーズンは特にランナーの足元が「熱い」。
 池井戸潤の小説「陸王がテレビドラマ化されたことによって、ランニングシューズの存在がクローズアップされていることも一因にあるが、薄底が主流であったのに対し、これまで見たことがない厚底シューズを履いて好記録を出す選手が続出していることも、この業界が注目されている要因であるに違いない。
 2017年9月に設楽悠太がハーフマラソンで日本新記録を出したかと思えば、12月には大迫傑が福岡国際マラソンで2時間7分台を叩き出した。
 彼らの共通点はスウッシュ・ラインだ。
 いまランニング業界で注目されているのは、誰がマラソンで2時間を切るのか、よりもそのランナーの足元だ。その候補というと、このブランドが最有力であることに異論は無いのではなかろうか。

 私がナイキを知ったのは中学生ぐらいの時期で、当時大人気だったコミック「スラムダンク」によって、バスケットボール人気が沸騰した時期だった。
 そこでクローズアップされていた「バッシュ」がナイキの「エアジョーダン」だったことから、高価格でありながらもデザイン性とブランド力に優れ、他とは一線を画す存在だったことを覚えている。
 一方で、ナイキは(金に糸目をつけない)マーケティングが得意な会社というイメージがあり、機能性と履き心地にこだわる日本のランニング業界では、あえて履いてみたいシューズとして名前が挙がることは少ない印象だった。
 しかしいまやどのメーカーもベンチマークに挙げるほど、その規模は群を抜いていて、そこへきて「厚底シューズ」という新発想で、ランニングシューズ業界に旋風を巻き起こしている。
 世界最大規模でありながら、野心的で革新的な商品を世に問うベンチャー精神を有している。
 そんなユニークな会社を築いた著者の自伝は、決して読者を飽きさせることがない魅力と情熱にあふれた一冊だ。

 著者は今でこそ世界を代表する経営者であるが、裕福な家庭に育ったわけでもなく、特筆した才能に恵まれたわけでもなく、彼女もつくれず、なんとなくネクラな学生時代を過ごすのだが、伝説的な陸上コーチ・ビル・バウワーマンに出会い、ランニングシューズの可能性に惹かれていく。
 特にオニツカ・タイガーの素晴らしい履き心地を実感した著者は、米国でのタイガーの販売権を獲得するという「馬鹿げたアイデア」を片手に敗戦間もない日本を訪れてしまう。
 何のつてもないまま神戸にあるオニツカの重役と一人で交渉する姿は無謀な挑戦のように見えるが、その後は知人らとともにタイガーを米国で売りまくっていく。
 サクセスストーリーの始まりかと思わせる一方で、度重なる日本からの配送遅延やミスが重なり、さらに常に資金繰りは綱渡りという状況を見ていると、将来性がありながら信用力の乏しいスタートアップ企業の脆弱さを痛感させられてしまう。
 それに追い打ちをかけるように、米国で独占販売権を得たはずのオニツカが、裏切り的な工作や、屈辱的な買収提案を持ちかけるなど、会社存続の危機に立たされていく様子に、思わず「がんばれ!」とエールを送りたくなってしまう。

 そんな状況で決意したのが、オニツカとの決別と独自ブランドの立ち上げだ。
 自らメキシコでソールメーカを探し、大学講師を務めていた時に出会った若いデザイナーにロゴも作ってもらった(謝礼は35ドルだ)。
 ブランド名も、かつて世界放浪時に訪れたギリシャで知った、勝利の女神「ニケ」に通じる素晴らしいネーミングを偶然思いついた。
 本書を読んでいると、常に綱渡りで運に助けられただけの人生のように思えるのだが、著者自身も半生を振り返る中で、運命的な巡り合わせに感謝している。そのなかで印象的なのが、著者の故郷でもあり創業の地でもあるオレゴンに関する記述だ。
 著者によると世界最古の靴は9000年前のサンダルで、それが見つかったのは・・・オレゴンの洞窟だったという(P517)。しかもそのサンダルが見つかった年(1938年)に著者はこの世に生を受けたというのだから、オレゴンと著者を結ぶ運命的なエピソードには驚かされる。
 崖っぷちを走りながら、時に友に助けられ、時に裏切られ、情熱的な恋をすれば破れることもある。そんな人間味あふれる生き様が赤裸々に描かれている。
 もちろん現実以上に自分を美しく描いている部分はあるのだろうが、一代で富と名声を築いたSHOE DOG(著者曰く靴の商売に長く関わり懸命に身を捧げ、靴以外のことは何も考えず何も話さない。熱中の域を越し、病的と言えるほどインソール、アウターソール、(中略)のことばかり考えている人たち(P265))の歴史を生き生きと描いた本書は、陸上競技にかかわる者として、そして起業を志す「将来のミリオネア」に勇気と希望の光を灯してくれる傑作ノンフィクションだ。

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