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振り向いたら負けや
−茂と猛のマラソントーク−

振り向いたら負けや
著者 宗茂・宗猛
出版社 講談社
出版年月 1986年1月
価格 \1,000
入手場所 京王百貨店・新宿店
(古本大市・
佐藤藝古堂の出店)
書評掲載 2009年3月
★★★★☆

 つい数年前まで、マラソン界の超名門・旭化成の監督と副監督として数々の名選手を育てた宗茂と猛の兄弟。
 とりわけ、マラソンや駅伝解説者として著名な兄の茂は、落ち着いた語り口と鋭い分析が、見る者を飽きさせず、マラソンファンには顔なじみだろう。
 マスコミを通じて拝見する現在の彼らの印象は、解説者としてのどっしりと安定感があり、めったなことで動じることはなさそうだ。
 しかし、若かりし頃の二人をテーマにした本書を読んでいると、そんな重厚な印象が簡単に覆されてしまう。

 本書は、サブタイトルにあるように、二人の対談集という形式でまとめられた内容で、昨今のマラソン界を取り巻く環境や、個人名を挙げての選手批評から暴露話まで、やんちゃだった若き二人の武勇伝が満載だ。
 なかでも、アマチュアリズムを標榜する日本の陸上界の問題をテーマに議論した場面では、自嘲気味に次のように語っていて衝撃的だ(以下はP236より引用)。

 茂 「日本がアマチュアリズムの砦かっていうと、疑問だよね。カール・ルイス呼んで、日本の企業がCM代払う。外人にはそうやって金出す。ところが、日本選手になると、アマチュア云々・・・という話になっちゃう。」
 猛 「カール・ルイスは日本に来て、金もらって走る。それでもアマチュア。」
 茂 「あげくに、歌をうたうとかね。」
 猛 「日本選手が「ザ・ベストテンにゲストで出演します」っていったら、完全にダメよ。しかし、ルイスだったらいい。うたって、次の日には選手として走る。さらに、CM撮りして金ガッポリもらって帰る。」
 茂 「それもアマチュア。」

 うーん。とてもあの「解説者」と同一人物とは思えないほど、言いたい放題だ。もしかして、居酒屋で一杯やっていたのではないだろうか。

 本書は、終始こんなくだけた調子で進むのだが、さすがに何度も修羅場をくぐりぬけてきた兄弟だけあって、印象に残る名言も少なくない。たとえば、「故障した時の心構え(P120)」や、「競技と仕事の両立とは(P124)」などは、いまだに日本のマラソン界の中心が、実業団という制度に支えられている時代ではとても参考にさせられる。
 特に、茂が当時(1978年)世界歴代2位の素晴らしい記録を出した4ヶ月間のトレーニング日誌は、あまりの激しいスケジュールに度肝を抜かれる。
 たとえば、1977年10月には国体10,000m(29分20秒で優勝)。全日本実業団10,000m(29分12秒で優勝)。日本選手権10,000m(29分10秒で5位入賞)と5,000m(14分06秒で6位入賞)。11月には九州一周駅伝に4回出走。12月には福岡国際マラソン(2時間37分45秒で52位)と、全日本実業団駅伝(1区16.3kmで区間賞)。1978年1月には朝日駅伝(5区15.9kmで区間2位)と、中国駅伝(7区17.7kmで区間賞)を走り、その中国駅伝のわずか1週間後に、大記録を出した別府毎日マラソンを走っている。
 とても今では考えられない強行日程だ。監督として、解説者として、若手に「最近の若いもんは・・・」と苦言を呈しても、これだけの偉業を成し遂げてきた人物ならば、ぐうの音も出ない。

 そのほかにも、瀬古利彦、伊藤国光、喜多秀喜や、「男とみなされた(P212)」増田明美など、マラソン・ニッポンの黄金期を築いた名選手が写真入りで次々に登場して、なんだか同窓会でも開いているようなにぎやかさを感じる。
 年代的には、1世代近く昔の選手の話題ではあるが、マラソンを走る上での考え方を、数多く教えてもらったような気がする。

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